963

 


私が広告に興味を持つきっかけになった先生が、亡くなっていたことを知った。



仕事でネーミングに携わることになって、先生のことを思い出した。
先生は大手広告会社に勤め、いまや誰もが知る商品のネーミングやキャッチコピーを手がけてきたコピーライターだった。
私は大学3年生のときに、自由選択の枠で先生の授業を受けた。「広告論」という授業だったと思う。



なんとなく楽そうだからという理由で受けた授業だったけど、その授業は結構面白かった。
先生は、広告の仕組みや過去にヒットしたコピーを紹介してくれて、毎週授業の終わりにはお題を出して、学生たちにコピーを書かせた。
そして、翌週の授業の冒頭で良かったコピーを紹介する。
これが私はなかなか好きで、授業のはじまりは「私のコピー紹介されるかな」とドキドキしていたことを覚えている。




気付けば、街中の広告に興味を持つようになっていた。
当たり前だけど、広告は誰かが作っているものだということを知った。
ことばの力を知った。
授業を受けながら、これが仕事なんて楽しいだろうな〜と思っていた。
と同時に「先生は良い大学を出てるからこの楽しい仕事ができるけど、私みたいなのには無縁なんだろうな」とも思っていた。だから就活ではほとんどメーカーの営業職しか受けなかった。




そんな感じでなんとなく決めて就活したもんだから、新卒で入った会社を1年足らずで、次に入った会社は半年足らずで辞めてしまった。
心も履歴書もボロッボロ。一旦落ち込んで立ち直った私は、「何やってもだめなら、どうせなら好きなことをやってみよう」と思って広告制作の仕事を探した。
できるできない関係なしに“ワクワクするもの”を考えたら広告だったから。


何社も落ちたけどひとつだけ拾ってくれたところがあって、それが今の会社だ。
クソ上司にクソ会社と思うときもあるけど、この業界に入れてくれたことだけは本当に感謝している。制作会社はどこも経験者しかとってないからね。
思い描いていた広告の仕事はほとんどないけれど、こうやってたまにネーミングとかキャッチコピーとか楽しい仕事が舞い込んでくる。
本当にたまーーーーにだけど。





今回ネーミングをやってみることになった時、真っ先に先生の顔が浮かんだ。
あの有名な生理用品の名前、先生がつけたんだよなーと。
先生今ごろどうしてるかな。なんて考えて、Googleの検索窓に先生の名前を打ち込んだ。それで、知った。





ふにゃっとした顔でニコニコしながら授業をしていた先生。
あんなにすごい人なのに、学生のことを見下したりせずに、同じ目線でコピーを見てくれた先生。
真面目に受けてる人も適当に受けてる人もいる授業で、よく考えて書かれたコピーも書き殴られたコピーも、ぜんぶぜんぶ読んでくれた先生。
大学の授業で習ったことなんてほとんど覚えていないけど、先生が何度も書いていた送り手と受け手の図だけはちゃんと覚えています。







社長も、先生のことを知っていた。
私が尊敬するデザイナーの先輩も、先生がプロのクリエイター向けに開いていた授業を受けていたそう。
東京のコピーライターで先生のことを知らない人はいないんだって。
すごく素敵な人だからみんなから慕われていたんだって。
先輩が受けていた授業も、先生が亡くなってからはやっていないんだって。
先生だからこそ成立した授業なんだって。






先生は私のこと絶対覚えてないけど、いつか「先生の授業を受けて広告が好きになりました」って伝えたいと思ってた。
まだまだだけど、一応、広告を作る会社に入ったんですって。







先生のおかげで広告が好きになった人、いっぱいいるんだろうなあ。
先生はいなくなってしまっても、先生の思いが今広告に携わる人のなかで生きてるんだなあ。
素敵な生き方だ。