おまえが言うな

 


こっちに帰ってきてから初めて美容院に行った。



席に案内されて、
髪を伸ばしているということ、くせ毛で広がりやすいということ、でも縮毛矯正はかけたくないということを、担当してくれる美容師さんに伝えた。


店長らしきその美容師さんは、「そうですか」と言いながら私の髪の毛をすくってチェックする。
そして一言、「これカットひどいっすね」。




え、そうかな。
ここにくる4ヶ月ほど前に、私は名古屋でお世話になっていた美容院でカットしてもらっていた。
名古屋ではその美容院しか行かなかった。人生初のショートヘアもそこでお願いして、周りからも好評だったし、私自身も気に入っていた。
最後のカットがどうだったかよくわからないけど、特に不満はなかった。



私があぜんとしていると、美容師さんは続ける。
「こここんな軽くなっちゃってるし、普通このくせ毛でこんなカットしないっすよ」
「こういう風にスタイリングしろって言われたんすか?その美容師さん適当っすね」
「てか縮毛矯正かければいいじゃないすか」



いやぁ……なんて適当に相槌をうちながらもモヤモヤ。でも、相手はあくまでもプロだと思うと何も言えない。
なんとかやり過ごして、やっとシャンプーをしてもらう。



シャンプーを終えて席に戻ると、また
「えってか、そこの美容院なんで行くのやめたんすか?」。
や、何なんさっきから。どうしても私から前の美容師の文句を引き出したいのね。




私はこのモヤモヤ&イライラにどこかデジャヴュを感じていた。

そうだ、これ、
〈よく知らん男に元カレの悪口言われたときのやつ〉だ。



いや、そりゃ嫌なとこもあったけど、なんでおまえが悪く言うん?私が「もー聞いてくださいよー」って愚痴るならまだしも、おまえは元カレの何を知ってるん?会ったことあるん?そうやって元カレを下げることで自分を上げようとしてるのが透けて見えてるぞ?余裕ないかよ、ダサ!だいたい元カレと別れた理由聞くとかナンセンスもたいがいにしろよな。それ知って何になるんだよ。今の私を見ろよ。今の私を見た上で、何も言わずに最善を尽くせよ。元カレはな、元カレは、くせ毛否定しなかったぞ!縮毛矯正かけなくても君は大丈夫だよって言ってくれたぞ!!!!


(混同)






そんなことを頭の中で叫びながら、
そこ名古屋なんですよ、気に入ってたんですけどね〜
と答えて、もうなるべく話さないようにした。









商売でも、そうじゃなくても、
前の人を悪く言う人は一定数いる。
きっとそれは、前を下げることで自分をあげるための、ちっぽけで、しょーもなくて、大したことないプライド。
私は、絶対にそんなことはしたくない。
だって、過ちじゃない限り、それはその人の選択だったんだから。それを否定することは、その人の考えを否定することになる。そんな失礼なことを、自分のプライドを守るためにしたくない。するもんか。



ふたりだけの秘密はぜんぶ日々に溶けたんだよ。
おまえに何がわかるってんだ。
おまえが言うな。